【ワシントン=鳳山太成】米国の産業界が通商政策でトランプ政権の「独断専行」に危機感を強めている。企業の競争力を落としかねない強硬策を具体的に打ち出し始めたからだ。自動車など業界団体は異例のタッグを組んでトランプ氏の翻意を促そうとしているが、同氏は支持基盤の中間層に目を向ける。米国に進出している日本企業にも悪影響が及びかねない。
トランプ大統領やロス商務長官(左)は貿易協定が米国の産業競争力を落としてきたと主張する(24日、ホワイトハウス)=ロイター
米業界団体のトップらは24日、ワシントン中心部のキャピトル・ヒル(議会)に総勢100人を超える大所帯で押し寄せた。小売りや農業など多様な業界の関係者が上院議員全100人の事務所を回った。陳情の目的は「米国の北米自由貿易協定(NAFTA)脱退阻止」だ。
主導したのは全米商工会議所、サービス産業連合、全国貿易評議会など米国を代表する業界団体だ。交渉力を高めるため業界の垣根を越えて非公式の連合体をこのほど結成した。10月中旬には下院議員にも働きかけた。
同じく24日には自動車業界でもNAFTA維持に向けて初の連合体が生まれた。「ビッグスリー」で構成する米自動車政策評議会など完成車、部品、販売店の業界団体5つが「ドライビング・アメリカン・ジョブズ」を結成した。同評議会のマット・ブラント代表は「NAFTAが米自動車産業の国際競争力を高めてきたことに疑問の余地はない」と力を込める。
これまでは自動車や鉄鋼で中国や日本、ドイツなどに厳しい姿勢を示すトランプ政権を評価する声が産業界にもあった。ここにきて企業が慌てているのは「米国第一」にこだわるトランプ氏の過激な通商政策が単なる脅しではなく、実際に交渉のテーブルに乗り始めたからだ。17日まで開かれたNAFTA再交渉では自動車の関税をかけない条件として米国製部材を50%以上使うなど異例の要求を繰り出した。米国の提案を「毒薬」とも呼ぶ業界団体は「政権が本気で協定から脱退しかねない」と焦り始めた。
トランプ政権は通商交渉を通じて「貿易協定を企業や労働者に公正にする」(米通商代表部のライトハイザー代表)としており、米企業にも恩恵をもたらすと主張する。一方、産業界はこれまで築き上げたサプライチェーンを無視して米国製部材の使用などにこだわれば、無関税の恩恵を受けにくくなり、生産コストが上がって競争力が落ちると訴える。自動車部品の業界団体は、2万4千人の雇用が失われるとの試算を公表した。
政権と産業界で意見のズレが目立つことをめぐっては、過去の共和党政権と違って両者のパイプが細っているとの見方がある。米韓自由貿易協定(FTA)の再交渉入りが4日決まったことを受け、米韓ビジネス評議会は声明で「北朝鮮情勢と違い、米韓FTAの不確かさは日々の経営判断に影響を与えている」と指摘したうえで「政府と産業界が話し合う場が限られていることを心配している」と嘆いた。
トランプ氏は24日、企業のイベントで通商交渉に関し「長い道のりで、一歩ずつだ」と語った。米国に投資してきた日本企業にとって、政権と産業界のつばぜりあいは今後を占う試金石となる。